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新潟地方裁判所 昭和43年(ワ)762号 判決 1970年6月17日

原告

倉田倉吉

被告

永島与一

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し、二〇五万九、一六一円及びこれに対する訴状送達の翌日以降完済まで、年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求原因として

一、昭和四三年七月二日午後九時二〇分頃、新潟市白山浦二丁目六四六番地先国道八号線上において、被告は自己所有の自動二輪車(黒埼村ろー五〇、以下単に被告車という。)を運転して新潟県庁から関屋大川前方向に進行中、横断歩道を右から左に歩行中の原告に接触させ負傷させる事故を起した。

二、被告は、時速四〇キロメートルで進行していたのであるが、進路前方・左右を注意すべき義務を怠つた過失により、横断歩道を歩いていた原告を右斜前方一七メートルに接近してはじめて発見し、危険を感じてブレーキをかけたが及ばず原告と衝突したのである。仮に、原告に信号無視の過失があつたとしても横断中の原告の発見が遅れた被告の過失は免れない。

したがつて、被告は自賠法三条の運行供用者として後記損害中の人身損害を、また物的損害については不法行為者として賠償する義務がある。

三、原告が受けた傷害は、脳挫傷・頭蓋骨々折・右肘部挫傷・左下腿脛骨腓骨開放性骨折・左第二助骨々折・左肺損傷であり、新潟市内の長谷川病院に事故当日から昭和四三年九月二一日まで入院加療したが、更に同月二九日から同年一一月一一日まで再入院し、その後昭和四四年三月末日まで自宅で療養しつゝ通院加療していたが、ギブスをつけていて歩行不能で床に臥したまゝである。同年四月一日より歩行練習して五月にようやく散歩に出れるようになつた。

四、原告が本件事故によつて受けた損害は次のとおりである。

(一)  医療費 六四万二、三三八円

(二)  看護料 九万四、四〇〇円、内訳は左のとおり。

(1)  倉田ハル附添分、昭和四三年七月二日より同年九月二一日まで、同年同月二九日より同年一〇月二〇日まで一〇四日を一日当り八〇〇円に換算した八万三、二〇〇円。

(2)  木村厚子附添分、昭和四三年七月二日より同年七月一五日までの一四日を一日当り八〇〇円に換算した一万一、二〇〇円。

(三)  雑費 八万九、二四一円、内訳は別紙雑費内訳表記載のとおり。

(四)  休業による逸失利益 二〇万二、七〇〇円

原告は日産火災保険株式会社の代理店を営んでいるものである。一日当りの収入を一、七〇〇円として算出した。

(五)  原告の妻ハルの損失 二五万二、〇〇〇円

原告の妻ハルは、昭和四二年当時、千代田生命保険会社新潟支社に勤務する外交員で年間一〇一万六五六円の収入があつた。三ケ月間稼働できなかつたことによる逸失利益である。

(六)  慰藉料 一〇〇万円

(七)  弁護士報酬等 三〇万円

本訴提起のため原告訴訟代理人を委任し、その手数料一〇万円、成功報酬二〇万円の支払を約している。

(八)  事故当時における物的損害等 七万一、四八二円

(1)  原告が事故当時着用していたもので破損したため廃棄したもの。

背広 二万円

ワイシヤツ 一、〇〇〇円

短靴 三、〇〇〇円

下着類 一、五〇〇円

眼鏡 六、〇〇〇円

時計 一万五、〇〇〇円

洋傘 一、五〇〇円

(2)  家族に対する連絡通信・交通費

長距離電話料 一、八二二円

市内電話料 一、一八〇円

バス代(八〇円×七〇)五、六〇〇円

汽車賃(東京-新潟二住復)一万四、八八〇円

五、原告は、本件事故を原因とする自賠責保険から五〇万円の給付と、被告より九万三、〇〇〇円の弁済を受けたので、前項記載の損害合計二六五万二、一六一円からこれを控除すると損害の残額は二〇五万九、一六一円となる。

六、よつて、被告に対し、未だ補填されていない右の損害二〇五万九、一六一円とこれに対する訴状送達の翌日以降完済まで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べた。〔証拠関係略〕

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として

一、請求原因一項の事実は認める。二項は争う。三項中入院の日時は認めるがその余の事実は知らない。四項の事案は争う。五項中自賠責保険金五〇万円の給付と被告より九万三、〇〇〇円を支払つた事実は認める。

二、本件事故は、被告に過失なく原告の一方的な過失によつて発生したものであつて免責されるべきものである。仮に免責されないとしても被告の過失は重大である。即ち

(一)  事故現場の横断歩道には、歩行専用の押しボタン式の信号機が設置されていた。原告は専用信号機が赤であるにも拘わらずこれを確認せず、押しボタンを押しもせずに慢然と横断していたのである。

(二)  被告が事故現場に差しかゝつた時、被告車進行方向の信号は青であつた。被告はこれを確認したうえ歩行者の横断はないものと信頼し四〇キロメートルの速度で進行したところ、慢然と横断している原告を発見し、その手前一〇数メートルでブレーキをかけたが肩越に原告と接触することを余儀なくされた。

(三)  本件事案においては、被告が何人も横断歩行をしないものと信頼して車を進行させることは当然で、被告に問うべき過失はない。本件の事故原因はあげて飲酒のうえ慢然横断した原告の過失にある。

三、仮に、被告が免責されないとしても、被告の過失は重大で損害の算定に斟酌されるべきであり、その場合は保険の給付と被告の支払によつて被告に対する賠償請求権は消滅している。

と述べた。〔証拠関係略〕

理由

一、請求原因一項の事実は当事者間に争がないところ、〔証拠略〕によれば、本件事故現場付近は市街地で当時の道路は歩車道の区別なく、アスフアルト舗装で平垣、天候が小雨で道路は湿潤、信号機は作動中であり、被告が原告を発見してから接触・転倒するまでの両者の位置関係は別紙図面で表示するとおりである。

二、原告は、人身損害について運行供用者の責任を求めると共に被告に前方左右の注視義務を怠り原告の発見が遅れた過失があるとして、物損について民法七〇九条の不法行為を主張するのに対し、被告は無過失を主張してこれを争い、かつ人身損害について自賠法三条の免費を主張しているのである。

本件事故時において、被告が被告車の運行供用車であつたことは当事者間に争がなく、〔証拠略〕によれば次の事実を認めうる。

(一)  被告は、被告車を時速約四〇キロメートルで運転し、本件事故現場に設置されている被告車進路の信号機が青であり、それを確認しつゝ進行していたところ、別紙図面で表示したとおり横断歩道を歩行してほゞ道路中央付近の<イ>点に達していた原告を、直線距離で一七・三メートルの<1>点ではじめて発見し、危険を感じ直ちにブレーキを踏んだが及ばず、<イ>点から更に横断を続けていた原告と別紙図面×点で原告の身体とが接触し、そのはずみで両名とも路上に転倒した。

(二)  事故現場の横断歩道には押しボタン式の歩行者専用の信号機が設置されており、その信号が赤を示していたにも拘わらず原告が横断をしたのは、原告が原告より先に横断にかゝつていた女性がいたので安全に横断可能と速断し、かつ被告車進路の青信号を歩行者の信号と見誤つたか或は信号不確認によるものであつた。原告は右の歩行者専用の信号機が押しボタン式であることを知つていなかつたから、もちろん横断前にボタンを押してもいなかつたのである。

三、したがつて、信号を正しく確認すべきに拘わらずこれをなさず、赤信号を見誤つたか或は不確認のまま横断にかかつた原告に過失のあることはいうまでもないが、被告についても、仮に原告車が前記<1>の点に達する前に横断中の原告を発見することが可能であつたとするならば、或は前方注視義務違反の過失を推認する余地があるかもしれない。しかしながら判明している前述の道路状況・天候から原告が<1>の地点に達する前に原告を発見することができたと認めることができず、その他これを肯認せしめるに足りる証拠はない。もつとも、乙第三号証によれば、原告車は総排気量八〇ccの二種原付車であつたから、その前照灯の照明は五〇メートル以内の障害物を確認できる性能があつたと解されるけれども(運送車両法施行規則に定める保安基準参照)、当時の交通量・道路の明るさ・事故現場から五〇メートル範囲内の見通し等の具体的事情が更に判明しないかぎり(本件に提出された証拠によつてもこれらの点を明らかにできない)、前照灯の性能が前述のとおりであるからといつて、それのみによつてより早く横断中の原告の発見が可能であると推認し、ひいては前方注視義務違反の過失の存在を肯定するのは相当でない。

それ故に、被告について原告主張のような過失の存否は本件証拠上いずれともいいがたく、民法七〇九条の不法行為は成立しないというべきである。

四、右に述べた被告の過失の存否不明なことは、自賠法三条の免責の主張も理由がないことに帰せしめるものである。けだし、同条によつて免責されるには、本件の場合、被告の無過失、原告の過失、原告車に構造上の欠陥又は機能障害の不存在の三要件を証明できなければならないからである。

しかしながら、原告に過失の存することは前に述べたとおりであつて、これは後に損害額を算定するときに斟酌することになるが、斟酌する過失割合は七〇%と解するのが相当である。被告の過失の存否不明とはいえ、理由一ないし三項で認定した事実に徴すると、本件事故原因の大半は原告の過失にあると解されるからである。

五、してみれば、被告は原告に対し、自賠法三条の運行供用者として後述する原告の人身損害のうち過失相殺で斟酌した額を賠償する義務がある。

六、〔証拠略〕によれば、本件事故により原告は脳挫傷・頭蓋骨々折・右肘部挫傷・左下腿脛骨腓骨開放性骨折・左第二助骨々折・左肺損傷の傷害を受け、新潟市内所在の長谷川病院に事故当日から昭和四三年九月二一日まで入院、膜下血腫を併発したゝめ同月二九日から同年一一月一一日まで右病院に再入院、退院後も通院加療を続けたが、ギブスを着けていたので昭和四四年三月末日まで自宅で臥床のまゝ療養し、同年五月頃ようやく散歩に出れる程度の歩行が可能になつたことが認められる。

七、そこで、損害の認定であるが、慰藉料については別項で判断するとして、原告主張の人身損害中以下(一)ないし(四)に認定する損害が本件事故と相当因果関係あるものというべきである。

(一)  医療費の認容額 四四万二、三三八円。

原告は医療費として六四万二、三三八円を計上し、その証拠として甲第四号証の一ないし九を提出している。右書証はいずれもその方式・記載の趣旨に徴して成立を認めうるが、甲第四号証の一・二記載分は同号証の四の請求書記載分の一部支払の領収書であるから、両者を合算すると二〇万円が重複することになるので、結局甲第四号証の三ないし九記載分の合計額四四万二、三三八円が認容できる医療費である。なお、原告は口頭弁論終結時までの医療費を請求しているのであろうが、再入院以後の医療費関係の病院の請求書または領収書等の証拠を何ら提出していないのである。

(二)  看護料の認容額 九万四、四〇〇円。

〔証拠略〕によると、病院、医師により原告の入院全期間を通して附添看護を要し、殊に事故当日から七月一五日までの一四日間は二人の附添看護を要するとされ、事故当日から七月一五日までは原告の妻倉田ハルと娘の木村厚子の両名で看護に当り、その余の七月一六日以降九月二一日までと、再入院した同月二九日から一〇月二〇日までの間は、倉田ハルが一人で附添看護に当つたことが証人倉田ハルの証言と同証言により成立を認める甲第五号証の一・二によつてこれを認定できる。右看護に対し原告は現実に支払をしているわけではないが、そのような場合でも職業附添人に代るべきハル等の労務の費消自体を損害とみるべく、その額は一人一日につき八〇〇円で換算するのが相当である。

(三)  雑費の認容額 一万二、七三一円。

別紙雑費内訳表記載のうち番号9ないし12、18、29、30、36、37、40のうちタクシー代五万四、八二〇円(甲第六号証の七五該当分)41、44の支出は、主張する事実に徴しても本件事故と相当因果関係にある損害とは認め難い。因に最も金額の大きいタクシー代五万四、八二〇円は、甲第六号証の七四及び七五の記載によれば、昭和四三年一〇月一七日以前に支出した乗車賃であると解されるところ、その期間の始んどは原告の入院期間中にあたるから、原告自身が乗車したものではない。おそらく家族または第三者が病院を往復するのに乗車したものではあるまいかと推測されるが、もしそうであるとするならば、それは通常損害というよりも特別損害と解すべきである(原告宅と病院の一回のタクシー代は二七〇円であつたからそれ程距離があるともいえないし、バスの便も悪くはないのである)。しかして、原告においては特別事情について何ら主張立証するところがないのである。

右に除外したもの以外の雑費の支出は、〔証拠略〕によつてこれを容認する。

(四)  休業による逸失利益の認容額八万八、六六六円。

原告が何時までの休業に対する逸失利益を計上しているのか主張自体から明らかでないが、弁論の全趣旨に徴すると、少くとも休業が明白な事故当日から最後の退院日までの分を計上しているものと善解できる。

〔証拠略〕によると、事故当時原告は日産火災保険会社の代理店を営み、月収は二万ないし二万五、〇〇〇円であつたというのであるが、それ以上の収入額を明らかにする証拠はない。そこで、原告のいう低い方の月収二万を基準にして日額を求め、その値に前記退院日までの日数を乗ずると

20,000/30×133=88,666

となるから、原告主張額のうち八万八、六六六円を認容する。

(五)  原告は以上のほか妻ハルの逸失利益二五万二、〇〇〇円を原告の損害として計上しているが、これは結局前に認定した附添看護料の外に出る部分であろから、損害ありとしても特別事情に基くものと解すべきところ、特別損害の要件事実の存否について主張立証がないから、これを認容する余地はない。

(六)  物的損害については、民法七〇九条の不法行為の要件である被告の過失を認めえないこと前述のとおりであるから、これを前提とする損害賠償請求権を認めえないのも論理上当然である。なお、原告が物的損害として主張しているものの中、事故当時着用していた衣服・靴・眼鏡等は物的損害というよりむしろ人身損害とみるべきものもある。しかしそれはとも角として、〔証拠略〕によると、原告主張の損害のうちには破損はしていなかつたが縁起をかついで廃業した靴・時計・東京方面で家庭を持つて生活している子供ら夫婦が見舞にくるために要した汽車賃等明らかに相当因果関係のないものがあり、その他のものも、その価格を認定できる証拠はないから、いずれにしても右の原告主張の損害を認めることはできない。

八、前項で認容した損害額の合計は、六三万八、一三五円であるから、これに過失相殺として七〇%相当額を控除した残額一九万一、四四〇円及び原告の過失の斟酌を含めた諸般の事情を考慮して相当と認める慰藉料額三〇万円との合計額四九万一、四四〇円が、被告において賠償すべき損害となるところ、原告が本件事故を原因として自賠責保険より五〇万円の給付を受けたほか、被告より九万三、〇〇〇円の弁済を受けたことは当事者間に争がない。

してみれば、被告が賠償をなすべき損害は右保険給付等による損益相殺によつて全額消滅して存しないことになる。

なお、弁護士報酬等は、被告の賠償すべき損害額が前記のとおりであるに拘わらず、原告が過大な請求をしてきたために要した費用であるから、本件事故と相当因果関係ある損害と認めることができない。

九、以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用は敗訴の原告に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 正木宏)

別紙図面

<省略>

雑資内訳表

<省略>

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